権田保之助ん家

権田保之助に関する情報を掲載

「権田保之助研究会」を開催

今日は権田保之助の子息 速雄氏の命日。この文章を権田速雄に贈る。

「権田保之助と映画」と題するZoom研究会が、権田保之助の研究者など7名で2021年11月28日(日)に開催された。
冒頭で私から
・権田保之助の映画との関わり(著書「活動写真の原理及び応用」、活動弁士向け講習会講師として活躍などを紹介)
・権田保之助自身は映画をどう鑑賞したか(「映画鑑賞日記」、レニ・リーフェンシュタール監督のドイツ映画「民族の祭典」の感想を紹介)
などに関する私見を発表し、以前からの素朴な疑問について率直なご意見をお伺いした。

[素朴な疑問]
・権田保之助は映画に関していろいろと関わってきたが、今の映画関係者に知られていないのはなぜか。
・権田保之助は映画を楽しんで観ていたのか(むしろ映画を評価しながら観ていたのではないか)。
・娯楽の統制をきらった権田保之助が映画統制、教育映画を推進するようになったのはなぜか(やむを得ない理由があったのか、考えが変わったのか)。

[主なご意見]
・権田保之助は民衆生活のありようを浅草で多面的に調査している。映画は浅草の一要素に過ぎない。
・権田保之助は映画史の中では文部省の説明者でしかない。
・アーロン・ジェロー(Yell大学 映画・メディア学プログラム及び東アジア言語・文学科教授)は、権田保之助の著書「活動写真の原理及び応用」復刻版を解説している。世界的に見ても著書「活動写真の原理及び応用」は映画史の中でも重要視されている。権田保之助は重要な存在として認識されている。
・権田保之助は映画にも関わっているが社会学者である。映画史の方では知られていないかも知れないが、余暇研究では権田保之助の名前は出てくる。権田保之助は大きな存在としてある。
・映画を研究している立場と娯楽として見ている立場では違う。権田保之助は映画を楽しんでいたのかという視点は面白い。権田保之助が学生時代にどのように映画に興味を持っていったのか興味がある。
・権田保之助は映画振興法に興味を持っていたが、映画法は映画統制法である。権田保之助は映画法に主導的にかかわったわけではない。映画法は自分の思っていたものとは違ったものになったのではないか。
・権田保之助は映画に可能性を見出したからこそ、ナンセンスになっていく映画に失望して考え方が変わったのか、あるいは戦争に向かっていく世の中の考え方、プロパガンダ的思想で敢えて変えたのか。まだ決着していない。

今回の研究会で、自分一人では気づかない多くの示唆を得ることができた。
何よりも、
・権田保之助は映画の専門家・評論家ではないこと
・権田保之助は余暇研究の分野では知られていること
・海外の学者が権田保之助の著書「活動写真の原理及び応用」を高く評価していること
に気づけたことはとても嬉しい(亡き権田速雄もきっと喜ぶに違いない)。

早速、紀伊国屋書店のオンラインショップで「日本戦前映画論集」(アーロン・ジェロー他監修)を購入した。
本書では権田保之助を以下のように紹介している。
・既存の美学の学問に異議を唱えた権田保之助、映画を「無媒介の媒介」として捉えた中井正一、日本固有な理論を想像した寺田寅彦、「漫想」を提示した尾崎翠、様々な視点から映画を考えることによって、言語、思考、学問や哲学そのものについて問い投げかけた。
・ランゲのような美学の芸術定義に対するもう1つの争い方は、それ自体を否定することである。その道に進んだ者は比較的に僅かであったが、のちの機械美術派、プロレタリア映画運動家やリアリズム論者の中にあった。映画を全く新しい美の代表として論じた権田保之助はその先駆者とも言える。現実から決して離れず、大衆による創造を受け入れることによって日常生活に溶け込んだ映画芸術は、モダン時代を率先する美だと権田は強調する。
・おそらく学生時代から準備した「活動写真の原理及応用」は、権田の最初の著作であるだけでなく、ヴァチェル・リンジーやヒューゴ・ミュンスターベーグという世界映画理論史上の先駆者の名著より先に発行された。この454頁に及ぶ大著の大部分はカメラや映写機の技術の説明に当てられるが、巻末においての映画の文化的な分析は、権田の美学への決別とも言える。近代が産み落とした映画という大衆文化を無視してきた学者に対して、権田は新しい文明を作り出す映画の革命性を力説する。映画は、資本主義によって可能になった大衆による芸術への参加から、実用的、かつ日常的新芸術の実現であり、権田が意志的、実際的、直感的、統覚的、動的と称する現代思想をも体現する。それは古い美(形式美)を更新して、新しい美(内容美)を形成する。それは月並みな「内容 VS 形式」の「内容」ではなく、文字通り見る者が作品の「内」に自らの日常生活の意味を「容」れることができる美だ。従って映画によってこそ大衆が初めて芸術の主体になり、映画はその生活と文化の表現となる。こうして、権田はカルチュラル・スタディーズより以前に大衆による意味生成の社会学的研究を提唱した。

今回得た示唆をもとに、今後は以下について調査を進めたい。
・権田保之助の著書「活動写真の原理及び応用」の先駆性について
・「権田保之助から櫛田民蔵への手紙(写)」と書籍「櫛田民蔵・日記と書簡」の紐解き(「権田保之助から櫛田民蔵への手紙(写)」は権田保之助の手紙を子息の速雄氏が書き写したもの)

独りよがりにならず、多様な視点・考え方を受け入れたり触れたりすることは、新しい活路を見出す上でとても大切なことだ。

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日本戦前映画論集(表紙)

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日本戦前映画論集(目次)